1.なぜ野菜ソムリエを目指したのか
大げさなタイトルですが…よく聞かれるので、簡単に考えてたことを書いていこうと思います。
ゆくゆくはみなさんと、仕事について、
色々情報交換したり、
相互のアドバイスができればなあ…と思っております。
管理人について。
1980年、香川県生まれ。
大学への進学から大阪に来ています。
卒業後グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所に就職しました。
しかしその会社は
社内恋愛発覚後、居れる状態ではなくなり、9ヶ月で退社。
就職活動をしているときに、
長谷川理恵さんの「野菜美人」を書店で発見。
べジフルの資格を知りました。
この資格なんなんだろう?
野菜について勉強するんだな。
もしかして私のこの病気も治るかな…。
実は私は、高校三年のときに、
美大に行くべきか、一般大学に行くべきか、
自分の将来について悩みすぎ、
そしてまた、思うようにならない自分のデッサンの技量と5教科の成績に耐えられなくなり
摂食障害になりました。
学歴社会の見栄を欲するのは意味のないことです。
しかしむしろ学校を卒業して就職してからのほうが、
この件に関してのストレスに大きく対面することもあり、
就職しても症状は治ることもなく続いていました。
家で夕飯を食べたい。
次に就職するところは、残業が少ないところがいい。
規則正しい生活をして、食事のリズムを取り戻すことが大事だ。
そして、野菜に詳しくなって正しい食生活が送れるようにしよう!
それが、この病気を克服する手段だ。
そう思って疑わなかったのは、学生時代から食事療法を試みていたからです。
しかし、あまりにもこの資格についての情報が少ない。
もっと、盛り上がらないだろうか?
そう思って、2社目の就職活動をしながら
このベジタブル・ラボを作り始めました。
最初の会社で覚えたwebの知識が、自分自身のためにも役立ちました。
まもなく再就職。
情報誌制作会社のDTPデザイナーとして働き始めました。
言わば、前の会社では帰ったら寝るだけの平日。
休日は1週間分の掃除、洗濯、
弁当のおかず作りと小分け冷凍で終わっていましたが、
この会社はあまり残業がなく、
帰宅後自宅で女性誌なんぞを読んでみたり、
ネットサーフィンを楽しんだりとしていました。
自分の時間にゆとりができ、
色々な情報に触れることができました。
休日は野菜について勉強できる時間も増え、
ジュニアマイスター受講開始日までに
ベジタブル・ラボを立ち上げることもでき、
これを軸に友人の輪を広めていくことになりました。
ジュニアを受講してみて感じたことは、
この資格、
ビジネスチャンスを興せるのではないだろうか?
ということです。
私は単純に、自分の症状克服の一助になれば…と受講を決意しました。
しかしここにきて、「転職」という文字が頭をよぎるようになったのです。
自分と同じく摂食障害で苦しむ人のアドバイザーになれないだろうか。
幸い、Macは使える。
自助団体などで、
アドバイザー兼広報として雇ってくれるところがあるかもしれない。
マイスターコースを受講しながら、その思いは強くなっていきました。
しかし、転職にはいくつもの難関があるだろうと考えられました。
例えば1つは、まだ自分自身が病気を克服していないこと。
これには、以前から話があったのですが、
相方と一緒に暮らすことが有効だと思いました。
2つめは、アドバイスできるようなレシピを作れていないこと。
アドバイザーとはいえ、
食事の提案ができなければ意味がありません。
それに、いろんな会社の採用情報を見ましたが、
「調理経験1年以上」という文字が目立ちました。
会社を辞めて
「普段の人々の口に入る惣菜」
の厨房のアルバイトをしようか…。
2人暮らしになれば、生活費は以前より少しは減る。
1年だけなら貯金はもつ。
本当にこの道でいいのか悩むときもある。
しかしそれはこの1年できっぱり答えを出させよう。
悩んだ末、マイスター受講中に会社を退職し、
1年間の調理場経験を積むことに。
翌月から9:00-14:00はホテルのデリ厨房、
17:00-22:00はお惣菜屋さんのキッチンで
働くことにしました。
収入は1/2以下になり、また学生時代のような極貧生活が余儀なくされました。
そんな折、体調を崩し、かけもちは無理だということになり、
考えた末にお惣菜屋さんを退職しました。
自分は朝方人間だということが、ホテルでなくこちらを辞めた決定点でした。
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野菜と果物をもっと美味しく、もっと楽しみ豊かな食生活を実現しませんか。

