#02 農薬の歴史
■戦後の産物「虫追い」、「虫送り」といって、昔の日本では
農家がみんなで太鼓、半鐘、たいまつ等をもち、
声を出しながら田んぼのまわりを歩き、
稲に付く虫を追い払ったといわれています。
江戸時代には鯨からとった油を水田に撒き、
稲に付いている害虫を払い落とす方法が発明されました。
そしてこれは、昭和の初期まで続けられました。
戦前には蚊取り線香と同じ成分である除虫菊、
硫酸ニコチン(タバコから)などを用いた殺虫剤、
銅、石灰硫黄などの殺菌剤など天然物由来の農薬が使われていました。
しかし、雑草に対しては手取りによる除草が中心で、
戦後、除草剤が開発されるまで続けられました。
炎天下のこの作業は大変な重労働でした。
戦後、科学技術の進歩により化学合成農薬が登場し、
収穫量の増大や農作業の効率化につながりました。
除草時間の場合、
1949年では 10アール当たり50時間であったものが、
1999年では 10アール当たり2時間となり、
除草剤を使用することで除草作業は効率的に行えるようになりました。

しかし、これらの農薬の中には、人に対する毒性が強く、
農薬使用中の事故が多発したもの、
農作物に残留する性質(作物残留性)が高いもの、
土壌への残留性が高いもの
などがあったため、
このことが昭和40年代に社会問題となりました。
■農薬の登録
上記の理由で、昭和46年に農薬取締法は改正されました。
目的規定に「国民の健康の保護」と「国民の生活環境の保全」を位置付けたのです。
農薬の登録の際に、
登録申請を行う農薬製造業者や輸入業者は、
農薬のほ乳類に対する急性毒性試験成績書及び
慢性毒性試験成績書、
農作物及び土壌において残留する性質に関する試験成績書を
新たに提出することとなりました。
その結果、これまで使用されてきたBHC、DDT、ドリン剤などの残留性が高いことが分かり、
人に対する毒性が強い農薬の販売禁止や制限がなされました。
この頃から農薬の開発方向は、
人に対する毒性が弱く、残留性の低いものへと移行していきました。
また、近年は生物由来の農薬も開発され普及が進んでいます。
(2008.6.17)
参考文献/サイト
農水省HP
農水省HP

