web企業 2006-2008

web企業 2006-2008

惜しまれながら(←?)ホテルを退職しました。
ホテルでの経験は、今でも私の中でとても貴重なものです。

3週間ブラブラして、次はIT企業にてwebデザイナーとして働き出しました。
これからはWebができないと、「働き口」や「活動」に制限の幅が出ると思っていたからです。
グラフィックデザイナー出身の自分は、webのスキルがまだまだ必要。
業界の「必然性」から、苦手分野に修行に出ることにしました。

「生活基盤はデザイナー職で、
マイスター活動はプライベートでしばらくやっていこう。」

という指針の元、残業のない「派遣」という働き方をはじめて選びました。

ベジフルコミュニティ大阪、大阪府有機農業研究会、そのほか色々と顔を突っ込んで
お知り合いが増えたのもこの頃です。

人の縁はすごいですね。
ジュニア・マイスター講座で出会った人たちとのお食事会も、気づけば人が増え、
数ヶ月に1回、とても楽しく、半分勉強のように開催するようになりました。

IT会社では、販促企画部(後に広告宣伝部に改変)に属し、
我流でやっていた拙い自分のWEBデザインスキルを、
少しずつ企業仕様にアップデートしていけました。

聡明な部長の下
緊張感の漂うオフィスで、日々黙々と全員がまじめに仕事をしていました。

web制作チームのリーダーは、私と4つしかかわらなかったのですが
非常にしっかりしていて、
私は「4年後の自分」を改めて考えさせられることになりました。

ホテルで調理のアルバイトを始める際には、「1年」という期限を明確に決めていました。
しかし今回、webデザインの修行においては、特に期限は決めていませんでした。

ある程度、技術を取得できるまで、派遣を続けようと思っていました。

運良く、そのIT会社には、私は何も不満はありませんでした。

人間関係の悪さは1社目で経験。
鬼残業はホテルで経験。
日々穏やかに過ぎ、賢い人たちが多いそのIT会社は、割と居心地がよかったのです。

あっという間に1年が過ぎました。
ほぼ定時で仕事をあがり、もちろん土日も出勤などなし。

野菜の卸の会社を立ち上げた知人からPOPなどの小さなデザインの仕事を受け、
土日に作業していました。

このまま私は野菜のビジネスから遠ざかり
WEBデザイナーとしてやっていくのが合っているんだろうか?

「でも、……野菜関連の仕事、やっぱりしてみたい!」
心の中に、そんな想いを抱えて、日々過ごしていました。

私は病気が元でベジフルマイスターを受講し、取得しましたが
その後は、抱いていた愛国心が、日本の農業問題改善への気持ちにつながっていたのです。

そんな折、野菜の卸の会社を立ち上げた知人から電話がありました。
「ちょっと話があるんで今日事務所まで来てくれます?」

野菜ソムリエ交流会で知り合った知人には
契約農家さんの畑に何度か見学に連れて行ってもらっていました。
何より、納品先へPOPの提案もされていたので、デザインの発注を私にしてくれていました。

「事業が拡大するので、手伝ってくれませんか」

またもや青天の霹靂!!!

翌週から移転するという、ガランガランのオフィスに連れて行かれ、
知人の社会に対する思いや、仕事に対する熱心さと
今後、かなり注目していきたい事業内容などを聞きました。

「事業内容において、うちはこれからwebがすごく大事になってくるし、
色々企画が進行しているから、POPや販促物の提案もしていきたいんです。
農家さんたちの畑への想いもあなたはご存知だと思うし、
うちで野菜のソムリエとして、働いてほしいんです。
naoさんには、ぴったりだと思います。」

やったぞ!念願の、青果業界に就職!!