ホテル(営業企画部)での仕事 2005-2006

ホテル(営業企画部)での仕事 2005-2006

「ホテルで何ができるのだろう…」
その時の私は不安でいっぱいでした。

最初にした仕事は、簡単なホテルwebの修正でした。
そして、だんだんデザインの仕事が増えていきました。

年明けのリブランドに向けてリニューアルする店舗たち。
それに伴うチラシやポスターなども作り始めました。

そして周辺5ホテル合同のメニュー会議がそろそろあるというので、意見が欲しい
とマネジャーに言われました。
ここでの野菜ソムリエとしての初仕事は、「食文化を意識したメニュー提案」でしたね。
企画書を出しました(結局ボツだったけどね~!!)

仕事のほとんどは、デザイン関連でした。
「もっと自分が野菜ソムリエであることを社内にアピールした方がいいのかな?」
と日々思いながらも、引っ込み思案で目立つのが嫌いな性分のため
意気込みがあっても「もう一言」が言えないのです。

企画のマネジャーにも「どうにか資格を活かしたいんだけどね…」
と言われながら、日々デザイン業務をこなしていました。

当時、ホテルの顧客に対し、料理教室を開催していたので、
月に3回シェフのアシスタントとして企画部のスタッフが客の前に出ていました。

アシスタントと言っても
・シェフにメニューを書いてもらい、
・メニューを作り、
・部屋の用意とコンロなどの準備をし、
・受付をし、
・料理の最中は見守り、
・洗い物など後片付けをし、
・参加者を見送る

こんな感じでした。
私が担当になることでもっと面白いものに変えられないか
という気持ちがあったのですが、
リブランドに向けて、いかんせん残業の嵐はひどくなる一方。
私の業務のほとんどが、デザイン業・web管理・印刷物校正でした。

「時間がない」という言い訳を自分に言い聞かせ
料理教室に対する企画書は出せないままでした。

当時の恋人とは一緒に住んでいましたが、
嫉妬深く、私の残業が続いていたので喧嘩ばかりしていました。
とにかく私は毎日、目先の仕事を一刻も早く終わらして、
早く帰ることを念頭においていました。

企画を書こう、書こう、考えようという意思はあるものの
実現できずにいました。

「私と仕事とどっちが大事なのよ!」とドラマの中で彼女に怒鳴られている日本のビジネスマンよ、
私にはあなた方の気持が、このときよーく理解できた!

そして思考錯誤しながらも、ホテルでの私の活動は主に
デザイナーとして
 ○販促物制作・発注
 ○webページ制作・更新
 ○写真撮影時のディレクション

野菜ソムリエとして
 ○販促物に野菜の効能を書く
 ○メニュー会議参加
 ○料理の試食・意見交換

ということに落ち着いてきました。

社内の人間関係は良好でした。

しかし、家庭の雰囲気は格段に悪く、帰宅がいつも億劫でした。

家に帰ると、小田和正の曲『さよなら』がかかっているのです。

 ♪もう終りだね 君が小さく見える♪

疲れて帰宅して、これ。

ぐったりのカラダから、さらに生気が吸い取られそうでしょう。

とうとう、私が折れ、退社を決意しました。
私が仕事より家庭をとったのです。

生活収入の基軸はデザイン会社にして、
プライベートタイムに野菜ソムリエ活動をしよう
という入社前の考えにベクトルを戻すことにしました。

ちょうど、ホテル親会社とのやり取りでホテルでのデザイン業務が減ってきており、
5年後の自分が見えなくなっていたのです。